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考える子−娘時代の私 212ページ
はじめに
この日記は、女学生時代、昭和十三〜十五年頃、そして、終戦前後に書いたものの中か
ら拾い出し、まとめたものです。
女学生時代の昭和十五年は、ちょうど紀元二千六百年のお祝いがあった年で、まだ平穏
無事な楽しい毎日であったと思います。
ところが、昭和十六年十二月八日、太平洋戦争が始まり、一年位は勝利、勝利で、日本
中が喜びにひたっておりましたが、二年目頃から負け戦になり、さまざまな物資が不足し
始めました。
食料は配給となり、鉄製品は窓の手すりまでもはずし、国に供給しました。そのほか、
いろいろ統制されて、父の商売もできなくなりました。そして、私は昭和十九年六月から
女子挺身隊で、区役所の防衛課に勤めることになりました。
しかし、その年の十月頃から、アメリカのB29の空襲が始まり、日本中のアチコチが焼
かれました。毎日のように、日本軍の玉砕が報じられ、昭和二十年八月十五日、終戦とな
り私たちは天皇陛下の玉音放送をお聞きしました。その後、女性の選挙権が認められ、私
も区役所で選挙に携わりました。私は、戦争中の日記に、アメリカの悪口をいろいろと書
きましたが、マッカーサーが日本に来て、
「私が司令長官である限り、日本人の一人をも飢え死にさせない」
と言って、いろいろな食料を次々と放出してくれました。
敗戦によって、戦争の事実・実態を知ることができ、心からよかったと思ったのでした。
御礼
一年余の歳月を経て、平成10年9月に、単行本として出版する事が出来ました。
文芸社様には、深く御礼申し上げます。
このたび、より多くの方々に読んで頂きたく皆様のご協力の下、
電子書籍として出版するに至りました。
この本は、私の人生で最初で最後の一冊になります。
大前 昌子
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